大丈夫。の魔法。

「大丈夫。」の魔法。



            
    


「大丈夫。」の魔法に気づかされたのは
とあるCM雑誌連載の堀北真希さんの、言葉から。

不安で本当にしょうがないときの、人から言われた
大丈夫。

彼に、彼女に根拠は在るのかもしれないが、
その根拠の信憑性なんか関係なく
なんであんなにもグッと心に納まるものものがあるのだろう。

一概に「大丈夫。」といえる時期でないかもしれない。

ただ、余震だけでなく、明日への不安に押しつぶされそうな時、
近くでただ、手を握って
「大丈夫。」
と言ってくれる人があれば。



そのメールに i があるか。

今回で9回目だそうだが、
auユーザーの自分も、これは気になっていて。

 
       スクリーンショット(2011-02-28 16.37.56).png
       http://i-arumail.jp/pc/

「i」のあるメール大賞とは、またも駄洒落ではあるが
内容が『駄』でないのが毎回、グッとくるところで。

ひとが生活する背景には、
それぞれ違う「事情」があるから
ハッキリした差異があるわけで。

その「みんな違って、みんないい」というのが
メールを通して感じとれるところに好感を持つ。

どこかのドラマで見たような
ベタな感じであったとしても、
その人、その家庭の事情が加わることで一気にリアルになる。

個人的には、大武さんの作品にグッとくる部分はあって。
つい、自分でも作り笑いをやってしまいそうな雰囲気は
日常にあるけれど、親にはそれをメールで送ってしまっていること自体
見透かされているんだなと、
ちらも、遠方に住むの還暦近くの親を想わせてくれるきっかけになったり。

メールも、ただの文字。
ただ、事情というのが
それぞれの人、その時を取り巻いているからこそ
毎日がニュースであり、
その何と言うこともないメールでさえも作品になりうる
「のりしろ」がある。

これを使い、
ドラマを作るとかそういったことに
派生させるかどうかは置いておいても、
「i」のあるメールに着目するこの大賞自体に意味はあるだろうし、
人とひとをつなぐメールに、ツールに、言葉に、
可能性を信じたくなるのは自分だけだろうか。



せいぎとぎせい。


別に建国記念日だから
載せたいわけではなくて
単に、偶然である。


   スクリーンショット(2011-02-11 19.48.05).png

「正義」
せいぎせいぎせいぎせいぎせいぎせいぎせいぎせいぎ
せいぎせいぎせいぎせいぎせいぎせい
と謳っていたら、
その中にたくさんの「犠牲」があったのです。


ハッとするコピー。
別にいま争っている国家間であるとか、
揺れているエジプトであるとかにのみならず
日頃の生活にも言えていることだろうけれど。

「ぎせい」と「せいぎ」とは、
言葉のロジックではあるがよく出来た、突き方と感じる。
『世界の終わり』というバンド名も、コピー的。

正しいと「自分が」思い込んでいることを貫くことを
一種、正義というのなら
その陰で犠牲というものが発生しているのだろうか。

「正しい」とはなんだ。

              スクリーンショット(2011-02-11 20.13.16).png

まだ、世界は終わらない。



詩的。

詩的なコピーをずっと打ち続ける広告のひとつ。

LUMINEの広告。


                 

個人的に新宿が主な活動エリアであるため、
大抵の場合軽い感じでLUMINEに立ち寄る。


いまさっきみたコピー、

    スクリーンショット(2011-01-07 0.11.12).png
「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」


季語がないながらも、蜷川実花さんの写真に囲まれる
この縦書きのコピーに、なにか心の中でザワッとくる感覚はなんだろうか。

ただ、書いた人もターゲットも女性だろうという感じ。
世の中の人みんなに聴いたわけではないが、
男性のボキャブラリーで「試着室」は
一体、何位ぐらいの気になるワードに座しているものだろうか。

きっとかなり低くはないか。
「試着室」の語彙を駆使できる男性がいるならなかなかの強者であろうと感じたり。
実際書いたコピーライターは、尾形真理子さんとのこと。

女性と男性の感性の違いからくる
「コトバの引き出し」の違いは、個人的にも大変興味深く、
それはきっと永久に埋まらないミゾなのだとは思う。
ただ、それでも女性の、ここなら購買意欲をそそる文章には、気持ち惹かれる。

このコピーに「わかる」とくるのは、
やはり20〜30代ぐらいの女性なのだろうし、
男性の自分はあまりピンとはこない。

同じ詩的なコピーを継続しているものの広告代表例はiichikoシリーズだろう。
あれはハードボイルド、とはいわなくとも
かなり男性寄りの文章だろう。

「あの人という花がいた。」
「青に浮かぶか、赤に沈むか。」
「それもあって、ひとりの海です。」
など。


詩的なコピーはともすれば、独りよがりなものになりがちかもしれない。
ただ、コツがあるのだろう。
詩的な文章で、人は何を想い、何に黄昏れるのか。
某マンガの喪黒福造ではないがそれは「『ココロのスキマ』を埋める」
ともいえる、心の風景の代弁のようなものだろうか。

コピーで引っ張る広告はずいぶん少なくなった。
それよりグラフィックや企画の強さばかりが「おもしろい広告」として
名乗りを上げやすくなっている。

そこに善し悪しがあるというわけではなく、
時代、といった言い訳がましい要因でもないだろう。
実際、Webサイトのおかげで人は、今まで以上に
無意識のうちにコトバに多く触れるようになっているわけだろうし。

それを逆に捉えるなら、
人がコトバに触れ過ぎているために、
ちょっとやそっとの小粋コピーではなびかなくなっているのかもしれない。


『非』独りよがりな詩的コピーが広告にもたらす未来。
定着は継続するのか、やがて廃れてしまうのか。
大いに、気になるところである。
                                      


検索ワード。


YAHOO! JAPAN調べの今年の検索ワードランキング。



                
             スクリーンショット(2010-12-29 16.23.22).png


『検索窓に、↑「ポチッ」』が
いまやどんな広告にも定番となった今だが、

「ひとこと」でその検索対象がどういうものであるか捉えられるかどうか、
「要するに、○○○」みたいなキャッチフレーズ的解釈ができることが
検索されるかどうかの分かれ目になるのかもしれなくて。

現代人が活字を読まなくなったどうこうと言われて久しいところだが、
なんだかんだで
「人はコトバで解釈する」ことを端的に示している。


AKB48であるとか、芸能人の個人名などは
ただのネーミングでありながら
立派な「アイコン」であり、「パッケージ」のようなものであるから、
定番のwikipediaに載ったもの以外にも
閲覧候補として、
縦に羅列されるものにおけるヒットはしやすいのだろう。

たった4文字でも「名は体を表す」ということ。


今年の検索ワード総合ランキングでYouTubeが1位だったのは
尖閣諸島付近の中国との一連のくだりのこともあるだろうが、
それでもGoogleを抑えているところをみると
日常に動画を求めている人が多いということが、興味深い。

自分もYouTubeの「本日の再生回数ランキング」で
よく閲覧はさせてもらっている。

YAHOOでわざわざGoogleを検索するのもなんだか皮肉ではあるが、
「検索」から読み解く時勢、みたいなものは
これからもしばらく続くのであろう。


Webが情報開示場所として優れていることは大きいのだが
正直、『検索窓、↑ポチ』とは違う方法が
そろそろ出て来てほしいことも本音である。



飲酒運転。

仕事納めも経て、
これからの時期残念ながら、毎年多くなってしまうのが

飲酒運転。


流行りでも何でもなく、
この年末年始のさなかに注意力が散漫になった上の
一種の『甘え』が、起こしてしまうことだったりする。

飲酒運転事故。

最悪、それで人殺しになる。


前ページ同様喫煙防止広告と
かぶるようなトンマナ(トーン&マナー)の考慮が必要で、
喫煙防止用広告よりショッキングな映像で訴えかけることも可能ではあろう。

  
                                    

ちょっと前こんなCMがあったようだが、
あまり覚えていない。
「覚えていない」ということは
当事者であるようなリアルさをもって迫るものを感じなかったのかもしれない。

現実、いま見てもそんなには迫ってこない。
子どもに面会室の窓越しに「お父さんのせいだ!」と言われても
ちょっと弱い。

交通広告は多々あるが、
外国の手のかかったリアルを求めたスプラッターなCMもあるが、
それは日本のトーンではない。

好きな広告というには語弊があるが、
このラジオCMは何年も継続して流されているが、
胸に迫ってくるものがある。



赤い記憶。

午後8時。

<飲み屋の喧騒>

赤い顔して騒ぐ面々が、懐かしく見えた。


午後10時。

赤い車の運転席に着いた自分は、
いつもの自分に見えた。


10時59分。

赤いテールランプが、
みるみる近づいてくるのが見えた。

午後11時。

赤く染まった自分の手が、
他人の手のように見えた。



11時30分。

赤い明かりに照らされた人だかりが、
うっすら見えた。


午前0時。

今...

赤の他人の命を奪ってしまったという現実を見ている。



しない、
させない、
飲酒運転。



ジャパンFMネットワークです。


これを淡々とした語り口で聴く、夜の11時半頃。

むやみに怖がらせるのがいいのかというと、
一概にいいかどうかは判断しかねる。



受け取るのも人それぞれと言ってしまえばそれまでなのだが、
もうシンプルに、

ラジオCMなら。

この人殺し


呑んで運転して言われたい人はどうぞ。」


「しない、させない、飲酒運転」のような
きれいなスローガン
末尾うまくまとめないのも一手だと思う。
まとめてしまうことで作る側も「。」で安心してしまっているところが窺えて。
あえて腑に落とさない、もやっとした感じで人に残す。
わざと浮かせて。


それでもついついやってしまって
事なきを得てしまったがために味をしめ、習慣化してしまっている人には
効かないなんて事も考えられるだろう。

この手の表現は一向に磨き続ける事への余念はきっとなくならない。


でも広告は単に道徳をやりたいのでは、きっとない。



ここは、口説いときましょう。

4月のばかは、エイプリル末の日にも叫んでおいたほうが吉。

小粋なカタチで。


twitterにひっかけて「ダッター」なんだけれども。

5月5日〆切で、投稿を募っている大喜利システム。


斉藤和義さん(以下 和義さん)の新曲「ずっと好きだった」が
資生堂「iN & ON」のTVCFで使用されているのは、
どこかしらで目にしたことがあるかも。


          

同窓会をテーマにしたというこの楽曲の内容にちなみ、
ひさしぶりの再会を果たした異性のコを口説いてみてください。

というのがその投稿内容。

協議委員会の目に留まり、見事ベストテンに残った人は、
5月11日の和義さんのライブに招待されるそうで。


広告に興味あるひとないひと問わず、ま、ここは口説いときましょうよ。
あなたを見てくれてるフォロワーも巻き込んで。


4月末まで紹介をガマンしたのは、そう、わざとです。



美人すぎ。

またまた「美人すぎ」な方が現れたそうで。
確かに美人さんです。涼 風花(りょう ふうか)さんとお読みするのかな。

ひとしきりに自分が思うのは、この人がフィーチャーされることで、
書道界といった界隈が変に侵されることなく、発展していってほしいなということ。


     

ただ、美人「すぎ」という言い方もなんだか若干、いや結構な毒があって。

議員の藤川さんであるとか、バイオリニストの宮本さんであるとかが、
本来美人なひとが皆無であろうと思われる市議会やクラシック音楽界に、

突如「ポッ」と、

タンポポのように、たとえ一株であったとしても十分に華を持って咲く花は
良くも悪くも目立ってしまう。

実際、「そういった」面で目新しいから。

スキャンダラスに掻き立てたい輩がもう出だしている。


この方を特別応援するわけでも、強く注目するわけでもないが、
彼女をとりまく環境が、急に変なかたちで侵されないことをお祈りしておこう。


字は体を表す、というが武田双雲さんのように新たなフォントを多く作り出してもらいたいものだ。

デザイン云々とコラボレーションしていくのもこれから高まっていくだろう「お熱」が
いい感じに穏やかになったときであろう。

それにしても、美人「すぎ」という揶揄り方はどうかと思う。


ひとつ前のエントリーにもあるように、
「大切なことは、目に見えない」のだ。


飛ぶ。

ずっと乗ってきた自転車がついに完璧に逝ってしまった。

このブログ上で昨夏ちょっと載ったかと思う、静岡無理矢理行軍道中旅に、サンタ旅9.11、に
同行してくれた大事な、大事な相棒であった。

「修理不可能」、とのこと。

取り外せない軸が斜めに曲がってしまっていて、もう手の施しようがないというのが理由。

いわゆる寿命というやつだ。


飲み込むのに時間がかかった。

だがしょうがない。
交通費なしで生きている人間としては、自転車を新たに買うほかは。

TOKYO BIKE もいいかなとは思いつつ。

自転車がひとに与えてくれるものはなんだろ。 とかふと考えたりもする。


2輪車であり、人力。
接地する脚が3本あれば安定はするものの、進むために2輪。
視野を広くし、4足歩行から2足歩行に進化したひとのように。

代わりになにかでバランスを保たなくてはならないのも実際のところでもあるけれど。
両方に支える要因に共通するのは、進もうとする『気持ち』だろうか。
自転車同様、ひともなにもせずピタっと立ったままではいられない。

車を飛ばす、という表現はするけれど、
自転車の場合、それは飛「ばす」ではなく、「飛ぶ」という表現に近いと勝手に判断している。

自分の力で、漕いでいるのだから。
言葉的なところだが、唯一ひとが自分で「飛べる」手段ではないか。


体感できるのは、世界の大きさ、自分のちっぽけさだろうか。

でも、それに抗いながらペダルを漕ぐ自分。
そんな構図を日常の自分と重ねながら、毎日ペダルに力を込めていたようにも思う。

実際は違うけれども、「飛ぶ」という感覚を味わえていたのも確か。
自転車には感謝するし、これからもお世話になりつづける。


140字で収まらないツイートのようにしているのも若干わざとでもある。

このツブヤキが広告につきあってくれた逝った自転車への一種の慰みにもなってくれればと
思うわけだ。

自分は自分で、また、「飛ぼう」と思う。


飛びます。



1月。

早くもきょうで、2010年のひとつき目が終了となる。

あと今年も11ヶ月か。

などと口にしてみると、
なんだかもう今年が終わり間近のような、そんな気がしてくる。
もちろん、
実際はまだ、11ヶ月「も」あるわけだが。

でも、あと28,857,600秒で今年もおわり。

とかいう言い方だとどうだろ。

やっぱり少し不安になる。莫大すぎてワケのわからん数字なのに、
「秒」という単位がやけにリアルだからだ。


こうしてブログを1字1字打っている間にも何十秒、何百秒と使っている。

そう考えると、その残り11ヶ月のなんたら秒も、
あっという間に過ぎてしまうような気がしてくる。

それだけいまに満足していないわけであり、いつも不安なのだ。



1日1回は、フルスロットルでいたい。


そう言っていたのは、SMAPの木村氏。
そういうモチベーションの持ち方はいいな、と。

一生懸命とかいう、
ちょっとえもすると重たく、ときに汗くさくも感じるだろう言い方を、
フルスロットル」と置き換えていることに、
なんだかこう、手に残る感触があり、近い。




いずれにしても、あしたからは、
通常の月よりさらに2,3日少ない2月。


あしたは、明るい日と書く。


まずは、あしたがあなたにとって、明るい日でありますように



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